愛しの名画たち

2012年5月23日 (水)

アニエールの水浴(愛しの名画たち 10)

ジョルジュ・スーラ(フランス、1859~91)が描いた『アニエールの水浴』(1884年 油彩 201×300㎝ ロンドン、ナショナル・ギャラリー)は、有名な『グランド・ジャット島の日曜日の午後』と並んで、彼の代表作とみなされています。

この作品は、1884年春のパリでのサロンでは落選したものの、同年初夏、創設されたばかりのアンデパンダン展に出品されるや、大いに反響を呼び、この時以来、意気投合したシニャックとともに、スーラは新印象派の旗手として活躍することになりました。

セーヌ川での水浴という主題は、すでにモネやルノワールらの印象派の絵画でもよく取り上げられていましたが、この絵が彼らのものとは異なる新境地を切り開いていることは確かです。

印象派は、光の効果による「移ろいやすさ」とでもいうものをその風景画の中で重視していましたが、スーラの作品においては、印象派が無視していた確固とした造形秩序によってスタティック(静的)なるものが感じられ、「永遠性」が付加されているのが特徴です(この点においてはピエロ・デラ・フランチェスカの諸作品が想起されます)。

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この作品は、私に言わせれば、優れて「近代的」な絵であって、それは遠方の工場の煙突や鉄橋を渡りつつある汽車などもさることながら、(作者が意図したものかどうかはわかりませんが)各人物の間に何のコミュニケーションも存在しないことからくる、一種の「疎外感」が感じられることによります。

この絵の中で一番目立つ人物像は、中ほどでやや猫背気味に座っている青年でしょうが、私が見たところ、なんとなく「虚無的」な感じもしますし、また彼は「いったい何を考えているのだろう?」とか、「何も考えずにただぼんやりしているだけなのかな?」などと、想像をたくましくするのも一興だと思います。

当時勃興していた色彩論や光学論を研究したスーラの「点描法」(一例として挙げれば、右端で水浴している少年が被っている帽子の赤みがかった色は、実は青とオレンジの絵の具の点で描かれているそうです)も取り入れられたこの名画は、いろいろな面で「近代」を感じさせてくれる、新印象主義で描かれた傑作だと思います。

2012年5月12日 (土)

蛇使いの女(愛しの名画たち 9)

『蛇使いの女』(1907年 油彩 169×189㎝ パリ、オルセー美術館)は、『眠れるジプシー』等と並んでアンリ・ルソー(1844~1910)の描いた有名な作品です。

アンリ・ルソーは、その「税関吏ルソー」というニックネームのごとく、画業を本業としない独学の日曜画家で、その作品にもどこか流派に囚われない自由で奔放な想像力を感じさせる雰囲気が漂っています。

この名高い作品にも、そんな彼一流の画風が十分うかがわれると思いますが、他の「異国風景シリーズ」(例えば『夢』)などとは、色彩や構図の点で異なる風合いをしています。

この作品の注文主は、画家ドローネーの母親で、ドローネー自身も詩人アポリネールや画家ピカソ同様、ルソーの崇拝者でした。

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ルソーという人はほとんど旅行をしなかったらしく、この絵の主題である南国にも一度も行ったことがなかったのですが、パリの植物園の樹木や万国博の異国館の印象に基づき、彼の空想によって描いたため、画面上の植物や動物も、この世にはありえないような不思議な外貌をしています。

この絵画の魅力は、私に言わせれば、その優れた構図や色彩もさることながら、全体の雰囲気から感じられる神秘性と静けさで、蛇使いのまわりの自然は、彼女の魔力によって完全に静寂のうちに支配されている感があります。

「現代プリミティブ芸術の父」とも呼ばれ、またいかなる流派にも属さず何らかの本業を持ちながら独創的な作品を生み出していった、いわゆる「素朴派」の代表格としてのアンリ・ルソーの面目躍如と言えるかもしれません。

余談ですが、オルセー美術館でこの絵を見ていた時、どこか後ろのほうで日本人観光客を引率していたガイドさんが、「あそこにアンリ・ルソーの『蛇使いの女』があります」と案内していたのを記憶しています。とにかく、有名な絵ではあります。

2012年5月 4日 (金)

アタラの埋葬(愛しの名画たち 8)

アンヌ=ルイ・ジロデ・ド・ルーシー=トリオゾン(フランス、1767~1824)は、新古典主義絵画の代表者であったダヴィッドの数多くの弟子のうちの一人でしたが、いわゆる「ダヴィッド門下の3G」に数えられる(あとの二人はグロとジェラール)ほどの卓越した技量を持ち合わせていました。

ジロデはもともと哲学や詩文等に造詣が深かったため、いきおい描く対象も文学的なものが多く、この『アタラの埋葬』(1808年 油彩 カンヴァス 197×260㎝ パリ、ルーヴル美術館)もそのような彼の特質をよく表している傑作です。

この絵の主題は、1801年に「フランス・ロマン主義文学の父」とも呼ばれるシャトーブリアンが発表した『アタラ』という小説で、この17世紀アメリカの大自然を舞台にした魅力的な作品は、私も学生時代に読んだことがあります。

アタラというインディアンの娘が、シャクタスという敵の部族の青年と恋に落ち愛し合うのですが、敬虔なキリスト教徒である彼女は神に対して処女の誓いを立てていたがために苦悩し、みずから毒をあおって自殺してしまう、というストーリーです。

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夕闇せまる洞穴で、今は隠者となったオーブリー神父とシャクタスがアタラを埋葬する場面が描かれていますが、岩肌には、「時至らずして枯れ・・・」という旧約聖書のヨブ記からの引用句が刻まれているのが見えます。

私もこの絵はルーヴル美術館で見ましたが、かなり大きな作品であり、画上のニスが良い具合に光沢を帯びていた、ということが印象に残っています。

古典的な彫塑的人物像や明瞭な輪郭線といった、師ダヴィッド譲りの新古典主義的な要素は認められますが、そのキアロスキューロ(一種の明暗法)や遠景に見られる十字架に象徴されるキリスト教への回帰、そしてエキゾチックで官能的な雰囲気等、ロマン主義的な要素も多分に含まれていて、ダヴィッドの作風からの大いなる乖離が認められます。

このようなロマン主義を先取りするような画風を示したことにより、ジロデを前期ロマン派の画家に加える向きもあるようです。

2012年4月29日 (日)

キリストの洗礼(愛しの名画たち 7)

『キリストの洗礼』(1450年代 テンペラ ポプラ材 167×116㎝ ロンドン、ナショナル・ギャラリー)は、ピエロ・デラ・フランチェスカ(イタリア、1415/20頃~1492)の初期の傑作です。

この作品は、ピエロの生地ボルゴ・サンセポルクロの修道院内の聖ヨハネ(バプテスマのヨハネ)の礼拝堂のポリプティック(4枚以上のパネルからなる衝立状の宗教画)の一部で、ヨルダン川のほとりで弟子であるキリストに洗礼を施す聖ヨハネが描かれています。

キリストの頭上に見える、精霊を象徴する鳩は、付近の雲の形のように短縮されて描かれていますが、父なる神は、このパネルの上方の円形紋の中に描かれていたのではないか、と言われています。

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左側の三人の天使のうち、右端の天使の左肩には、やがて濡れたキリストの体を拭くであろう布が掛かっていますが、彼女らの服や、画面右手の男性の、これから洗礼を受けるために脱ごうとしている(あるいは、洗礼後に着用しようとしている)チュニックのひだ等が精緻に描写されています。

また、向かってキリストの左腰の後ろに見える町並みは、ボルゴ・サンセポルクロだと見られていて、遠景の風景もこの町周辺の実景をもとにして描かれています。

画面右方の中景に見える人々のうちの一人が鳩のほうを指し示していますが、これはまだキリスト教信仰に入る前の懐疑的段階を示唆し、洗礼後に生まれ変わった新しい命を象徴する若い植物が前景に配されています。

優れた数学者であり、遠近法に関する著作もものしたピエロですが、この絵の中にはそんな彼らしい端正で明晰な構図とともに、どこか明澄で洗練された情緒のようなものも感じられます。

2012年4月23日 (月)

書斎の聖ヒエロニムス(愛しの名画たち 6)

アントネロ・ダ・メッシーナ(イタリア、1430頃~79)は、その名の通り、シチリア島のメッシーナに生まれ、ナポリでコラントニオという師について学びましたが、この『書斎の聖ヒエロニムス』(1475年頃、油彩 板 46×36㎝ ロンドン、ナショナル・ギャラリー)という絵を見てもわかるように、精緻なフランドル絵画の影響を強く受けました。

私がロンドンでこの絵を見た時の第一印象は、「なんと小さい絵だろう!」というもので、いくら近づいて見ても(と言っても限度はありましたが)、そのディテールが十分把握しきれないもどかしさを覚えました。

ヒエロニムスという聖人(4世紀)は、四大教父のひとりで(他の三人はアウグスティヌス、アンブロジウス、グレゴリウス)、聖書をラテン語に翻訳し、釈義した学者でもあります。

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この人は荒野洞窟で苦行する姿で描かれることも多いのですが、ここでは枢機卿帽をかぶって僧房で読書しているようです。

彼のまわりにある様々なアイテムの中には、不死を表す孔雀や、棘を抜いてやったライオン(中景・右)など、象徴的なものも含まれています。

それにしても、棚に置かれた物品や床の装飾、そして彼方に望まれる風景等、どれをとってみても、その異様に細かい描写には脱帽するしかありません。

アントネロは、ミラノやヴェネツィア、そして郷里のメッシーナ等を活躍の舞台としましたが、とくにヴェネツィアでは、そのフランドル絵画風の精細な描法や空間把握、そして明暗表現などが、後のヴェネツィア派に決定的な影響を与えました。

本作品は、そのような彼の特質がいかんなく発揮された代表作と言えるでしょう。

2012年4月18日 (水)

石工の仕事場(愛しの名画たち 5)

カナレット(1697~1768)は、18世紀イタリアの著名な風景画家ですが、彼は都市景観、とりわけ当時のヴェネツィアの光景を数多く描いたことで知られています。

この『石工の仕事場』(1728年頃 油彩 124×163㎝ ロンドン、ナショナル・ギャラリー)という作品も、ヴェネツィアを描いたもので、彼の代表作の一つに数えられています。

時は早朝(前景左端に雄鶏が描かれています)。

処々に見られる石塊は、サン・ヴィダル教会(画面には描かれていない)の新しいファサードのために用立てられたもので、石工たちがそれらを切りさばいていますが、その他もろもろの朝のヴェネツィアの、とあるカンポ(広場)での庶民的な光景が、かなりリアルに描写されています。

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この水の都の住民たちは、子供をなだめたり(?)(前景・左)、井戸から水を汲んだり(前景・中ほどよりやや右)、糸紡ぎをしたり(右端)・・・ といったように、ごく日常的な仕事に取りかかったところです。

大運河にはゴンドラが浮かび、船頭たちが利用者を渡していますが、今はこのあたりにアカデミア橋が架かっています。

秀逸だと感じるのは、その色彩の使い分けによる光の効果です。

前景は主として栗色と赤レンガ色、中景はセピア色と暗緑色で、教会(鐘塔は1744年に崩壊)には何やら影が差し、朝の光による陰影の妙が楽しめます。

カナレットという画家は、キャリアの後半においてはややマンネリ化してしまい、その風景画も精彩を欠き、絵というよりも図のようになってしまった、などと言われていますが、この時期の彼の作品群には、この絵のように、ほのかな抒情をたたえた名画が多いように思われます。

2012年4月10日 (火)

コフェテュア王と乞食娘(愛しの名画たち 4)

Photo_7エドワード・バーン=ジョーンズ(イギリス、1833~98)は、ラファエル前派の中でもロセッティと並んで有名な画家ですが、この『コフェテュア王と乞食娘』(1884年 油彩 290×136㎝ ロンドン、テート・ブリテン)は、彼の代表作ともみなされているものです。

この作品のテーマは、エリザベス朝時代のバラッドに基づいてテニスンが作った『乞食娘』という詩によるもので、完全無欠な妃を娶ろうとして国中を探し求めていたアフリカの王が、ついに見つけたのは純真な乞食娘で、彼は王冠を捨ててでも彼女の愛を得ようとした、という内容です。

この絵の中の主役は夢見るようなまなざしをしている乞食娘ですが、彼女はコフェテュア王よりも上位に座し、王はそれに敬意を表するがごとく、下位に座して宝石のちりばめられた王冠を脱いでいます。

愛は身分の違いを克服する、という考えや、親友ウィリアム・モリスが支持していた平等主義等が反映されているようです。

バーン=ジョーンズという画家は、初期イタリア・ルネサンスの巨匠たち、とりわけボッティチェリとマンテーニャの影響を強く受けていますが、それ以外にも当時イギリスを席巻していたモリスのアーツ・アンド・クラフツ・ムーヴメントやロセッティらの美点を自らの作品に取り入れ、優れた絵画やタペストリーを数多く創作しました。

私もこの作品はテート・ブリテン(旧・テート・ギャラリー)で見ましたが、保護ガラスがやたらと反射して、細部まで十分鑑賞しきれず遺憾だった、という記憶があります。

それはともかく、この作品が作者バーン=ジョーンズの本領を遺憾なく発揮した最良のもののひとつであることは認めざるを得ないでしょう。

ラファエル前派らしい過去への憧憬や、凝った装飾的な意匠等から感じられるこの作家独特の神秘的、ロマン的な雰囲気が横溢している名作だと思います。

2012年4月 5日 (木)

シバの女王の船出(愛しの名画たち 3)

フランスのクロード・ロラン(1600~82)は、いわゆる「理想的風景画」を描いた巨匠ですが、この『シバの女王の船出』(1648年 油彩 148×193㎝ ロンドン、ナショナルギャラリー)も、傑作の一つとしてつとに有名です。

旧約聖書に出てくるソロモン王とシバの女王のテーマは、古来さまざまな画家(例えばピエロ・デラ・フランチェスカ)によって描かれてきましたが、それらのほとんどはソロモン王がシバの女王を「迎える」場面であって、この作品のようなシバの女王が「旅立つ」場面を描いたものは珍しいそうです。

シバの女王がイスラエル王ソロモンの知恵を自ら確かめるために旅立つ時のシーンを描いたこの作品には、作者ロランのエッセンスともいうべきものが多く盛り込まれているように思われます。

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この画家の真骨頂である、前景、中景、後景の巧みな処理による無限的な距離感の創出は言うまでもなく、太陽光の微妙なきらめきとその海への反射、風による波の揺らぎや樹木のそよぎなどが、デリケートな筆致で巧みに描かれています。

ロランは若くしてローマへ移住し、そこが終焉の地となったわけですが、彼の作品によく登場する古代ローマ風の建築物の描写も秀逸だと思います。

この港は画家の想像上のものだそうですが、右手に、今まさに小舟に乗り移ろうとしている女王が多くの従者たちとともに描かれ、前景には土産物を運ぶ人たちや、見守る人々が詳細に描かれています。

しかし、他の多くの作品と同様、画家の最大の関心事はそれら人事にではなく、あくまでも昇り初めた太陽や高みにある雲、はるかな水平線や波しぶき、といった美しい自然の景物にあります。

この作品では割と多くの人々が描かれていますが、一般にロランの絵の中における人間は、雄大で美しい自然の中の点景に過ぎず、彼の風景画に対するそのようなアプローチは、どこか東洋の山水画にも通じるものがあるような気がします。

2012年3月28日 (水)

マグダラのマリアと寄進者(愛しの名画たち 2)

『マグダラのマリアと寄進者』(『聖マドレーヌによってとりなされるラージュ夫人―マドレーヌ・ド・ブルゴーニュの肖像』というタイトルでも呼ばれる。1490年 油彩、板 56×40㎝ パリ、ルーヴル美術館)は、小品ながら、この絵の作者であるジャン・エイ(ムーランの画家)の代表作ともみなされているものです。

長い間「ムーランの画家」という呼称で知られていたこの15世紀末に活躍したフランスの画家の実像については、様々に取りざたされてきましたが、最近になってようやくジャン・エイであると認められるようになりました。

フランス中東部のムーランにある大聖堂の祭壇画を描いた人物であるがゆえに「ムーランの画家」と呼ばれていたわけですが、その経緯は謎に包まれていて、フランス宮廷とブルボン家に仕えていたことだけが分かっています。

ところで、本作品については、私も実物をルーヴル美術館で見たことがあり、いささか親しみを感じているのですが、一応前もって写真を見ていたせいもあり、「これがあの絵か。けっこう小さいんだな」といった感想を持ったことを記憶しています。

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しかし今、改めて写真でよく見てみると、いかにこの絵が優れているかがわかるような気がします。

言うまでもなく、右側で、左手にシンボルの香油壺を持っている若い女性がマグダラのマリアで、左側で拝跪しているご婦人がラージュ夫人ですが、二人の個性描写が秀逸であり、また衣服等の精緻を極めた描き方にはただただ感服するのみです。

寄進者とその守護聖者を描いた本作品は、三連祭壇画の左翼部分にすぎないのですが、ムーランの画家、つまりジャン・エイの並々ならぬ力量を窺わせてくれる、貴重な作品となっています。

当時のフランス人画家の多くがそうであったように、ジャン・エイもフランドル絵画の細密描写と巨匠フーケのスタイルを受け継いでいるようですが、その繊細で格調高い描法や優美で情緒的な人物表現などにおいて、それまでには見られない独特の高雅な味を出しているように思われます。

2012年3月 8日 (木)

ミッデルハルニスの並木道 (愛しの名画たち 1)

「ミッデルハルニスの並木道」(1689年、油彩、103.5×141㎝、ロンドン、ナショナル・ギャラリー)は、17世紀オランダの風景画家であるメインデルト・ホッベマ(1638~1709)の代表作であるばかりでなく、オランダ風景画全体を代表する傑作とも言われている有名な絵です。

概して私は風景画が好きなのですが、「愛しの名画たち」シリーズは、自分も実際にロンドンで観たことのあるこの傑作についてのコメントから始めたいと思います。

ナショナル・ギャラリーというミュージアムは、今はどうか知りませんが、私が訪れた当時は内部がやや薄暗く、確かにお目当ての名画群が展示されてはいるのですが、今一つ細部までは深く鑑賞しずらかったという記憶があります。

この「ミッデルハルニスの並木道」についてもそういう印象はぬぐいきれず、むしろ画集等に載っている写真でじっくり鑑賞するほうがより細かい点まで理解できそうな気がします。

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それはさておき、この絵がマスターピースであることは事実であって、「透視図法」の好個の標本として美術の教科書等にもよく掲載されているほどです(実際、私が中学生だった時に渡された美術の副教材にもちゃんと載っていました)。

ホッベマという画家は、あのオランダ風景画の巨匠ロイスダールの弟子で、師のやや暗く、雄大で劇的な作風とは対照的に、明るく牧歌的な抒情的風景画を描いています。

ポプラ並木の間の小道は、ミッデルハルニスというオランダの小さな田舎町まで一直線に通じていますが、犬を連れた一人の猟師が猟銃を肩に担ぎ、お気楽そうな様子で(これは私の勝手な想像です)こちらに向かって歩いてきています。

左方のポプラの一部が傾いているのは、画面の平板さを避けるための工夫らしいのですが、とにかく画面の中央を占めているその高く伸びている並木は強い印象を与えます。

左上には鳥たちが悠然と飛び、右方の家の前では男女が語り合い、右手前では男性が農園で作業中。そして並木道には、海に面しているがゆえに土壌が砂混じりで軟らかいオランダらしく、車の轍が何本も残っています。

上半分は雲がたなびく雄大な自然、そして下半分は静穏な田園風景。彼方に望まれる、教会の塔の見える褐色の家並みの田舎町もどこか牧歌的な風情を醸しています。

水平と垂直のコントラストが際立つこの名作を見ていると、心が300年以上前のオランダののどかな田園風景の中に溶け込んでいくような気すらします。