ロシアの抒情詩

2012年7月11日 (水)

秋   マイコフ   (ロシアの抒情詩 20)





森の中では、もう金色の葉が

   湿っぽい地面を覆っている・・・

わが足は臆面もなく

   森の美しさを踏みつける。

寒気で頬が火照っている。

   森の中で、走ったり、

枯枝のばりばりいう音を聞いたり、

   足で枯葉をかき寄せたりするのは楽しい!

だが、ここにはもう以前のような心を慰めるものはない!

   森みずからがその神秘のヴェールを脱いだのだ。

のこんのクルミは落ち、

   のこんの花もしおれてしまった。

苔を持ち上げ、堀りほぐしていた

   チチタケの大群は見えず、

切株のまわりに、

   コケモモの鮮紅色の房は掛っていない。

枯葉の上には、夜長の冷気が

   漂い、上を見れば、

清らに澄んだ空が、

   なんとなく冷やかに顔をのぞかせている・・・

足元で枯葉がざわめく。

   死神がその収穫物を敷き広げているのだ・・・

だが私の気持ちは晴れやかだ・・・

   そして狂者のごとく、心を躍らせる!

私は知っているのだ、苔の間に

   早咲きのマツユキソウを摘んだり、

秋の花も含めて、諸々の花に出会ったことには

   それなりのわけがあったのだ、ということを。

わが魂が花々に語り、

   また花々がわが魂に語ったこと・・・

それらを、冬となれば、いつも私は

   幸福感に満ちて思い出すことだろう!

足元で枯葉がざわめく。

   死神がその収穫物を敷き広げているのだ・・・

だが私の気持ちは晴れやかだ・・・

   そして狂者のごとく、心を躍らせる!





Осень    1856    А.Н.Майков

2012年7月10日 (火)

風景   マイコフ   (ロシアの抒情詩 19)

風景



私は森の中の小道を

そぞろ歩きするのが好きだ。

深いわだちのようなこの小道を

私は歩いて行く・・・ 道のりは果てしない・・・

あたりはもう緑もまばらで、

秋がカエデを赤く染めている。

エゾマツの林はまだ緑色で陰も多く、

黄色いヤマナラシの林が警鐘を鳴らしている。

白樺の葉は残らず散り落ちて、

じゅうたんのように道を覆いつくしている・・・

まるで水面を歩いているようだ・・・

足元がざわめく・・・ すると聞こえてくる、

茂みの中のいともかそけき音が。

そこでは、ふんわりとしたシダがまどろみ、

おとぎ話に出てくるこびとたちのように、

あまたの赤いテングダケが眠っている・・・

すでに太陽の光は斜めに差し込み、

遠くに、川がその姿を見せた。

どこか遠くから、製粉所の水車の

がたごという音が聞こえてくる・・・

すると、道の前方に重たげな荷馬車が

出てきた。・・・ それは日なたと日陰で、

ちらちらと見え隠れしている・・・

老人がやせ馬に大きな掛け声をかけている。

荷車には・・・ 少女の姿が見える。

孫娘のおびえるのが老人には愉快だ。

ふさふさとしたしっぽを垂らした犬が、

荷馬車のまわりを、吠えつつ駆け回っている。

かくて、森の薄闇の中に、

ほがらかな声が響き渡る。




Пейзаж    1853    А.Н.Майков

2012年7月 9日 (月)

秋   ビャーゼムスキー   (ロシアの抒情詩 18)

季節外れの詩で恐縮ですが、あえて載せてみることにしました(なお、アート作品についても、今後季節外れのものを載せることがあると思いますが、どうぞご了承ください)。






秋が媚を呈している。

西方の美女が、

最後のやさしさと恵みでもって、

日増しに情愛深く私たちを惹きつける。



さて、老練な女たらしのこの私は、

彼女に取り入って、

魅惑的な魔法使いである彼女の差し出す

酒杯を、次から次へと飲み干していくのを好む。



秋にはすべてが好もしい。人々のきらびやかな衣装、

ビロード、金襴、金色の流れ、

ルビー、サファイア、琥珀、ブドウの房、

みな秋があちこちにぶら下げたものなのだ。



それらが終焉に近づけば近づくほど、ますますいとしくなる。

秋の花冠はいよいよかぐわしい。

いとも美しい夕映えの中に、

滅びゆく力のやさしさと哀愁がある。


Осень    1874    П.А.Вяземский

ピョートル・アンドレーエヴィチ・ビャーゼムスキー(1792~1878)は、古い貴族の家に生まれ、評論家としても活躍し、当時の新しい文学的潮流であったロマン派を擁護した。

2012年6月12日 (火)

つぐみ   ツルゲーネフ   (ロシアの抒情詩 17)

つぐみ(『散文詩』より)

私は寝台に横たわっていた。・・・ が、眠れなかった。 心労にさいなまれていたのだ。 重苦しく、単調で退屈な思いが、あたかも雨がちの日に、湿った丘の頂きをのろのろと動いて行く空一面のどんよりとした雲のように、ゆっくりと私の脳裏をかすめていくのだった。

ああ! その時私は見込みのない哀れな恋をしていた。 そしてその恋は、人生の黄昏時においてのみ可能なものであった。 もはや無感動になった私の心は、すっかり若さを失っていたのだ! いや、しかし・・・ 無理に若々しくしていたとて何になろう。

白っぽい斑点のように、窓のおぼろな影が私の前に浮かんでいた。 部屋の中のあらゆるものが、ぼんやりと目に映った。 それらは夏の早朝の灰白色の薄明りの中では、ことさらひっそりとして静止しているように見えるのだった。 時計を見ると、三時十五分前であった。 壁の向こうにも同じような静けさが感じられた・・・ さらに私は露の気配を感じた、外に満ち満ちている露の気配を!

ところで、この露の庭の中、私の窓のちょうどすぐそばでは、もう黒つぐみが絶え間なく大声で自信ありげに鳴きさえずっていた。 その変化に富む声音は、静まり返った私の部屋に入り込み、そのすべてを満たしていった。 もちろんその声音は私の耳と、不眠やら憂いやらでわずらわされた私の頭も満たしたのである。

そのさえずりは永遠の息吹を感じさせた。 その声音はみずみずしさと、無頓着と、永遠の力をひしひしと感じさせるのであった。 私はその声音の中に、ほかならぬ自然の声を聞いていた。 それはいつ始まりいつ終わるとも知れない、美しい無意識の声であった。

彼は歌っていた。 彼は自信に満ちて歌っていたのだ、その黒つぐみは。 まもなく、いつものように不変の太陽が輝くであろうことを、彼は知っていたのである。 その歌の中には「彼独自のもの」は何もなかった。 彼は、現在と同じ太陽を千年前に歓迎した黒つぐみとまったく同じような黒つぐみであった。 そしてまた今から千年後も、黒つぐみは太陽を歓迎していることであろう。 もしかするとその時、私のしかばねは、黒つぐみのさえずりで震動させられた空気の流れの中で、その生き生きとしてよく響く体のまわりを、目に見えない細かい粒子となって取り巻いているかもしれない。

哀れでこっけいな、ひとり魂を奪われたようになっているこの私は、きみにこう言うのだ。 ありがとう、小鳥よ。 あの気の滅入るような時刻に、ぼくの窓のそばで全く思いがけず聞こえ始めたきみの力強くて自由な歌に感謝するよ、と。

その歌は私を慰めてはくれなかった。・・・ 実際、私は慰めを求めようともしなかったのだ・・・ だが私の目には涙があふれた。 そして生気がなくて動こうとしなかった私の重苦しい心が、一瞬ではあったが胸の中でかすかに揺らぎ、活気づいたのである。 ああ! たぶんあのひとだって、きみの嬉々とした歌声と同じようには若々しくもないし、またみずみずしくもないだろう、夜明け前の歌い手よ!

すでにあたり一面が、もうじき私を広漠たる海へと押し流す、あの冷たい波で満ちているこの時、いったい自分自身について嘆いたり、悩んだり、気づかったりする必要があるだろうか?

涙が流れていた・・・ 一方、私の愛する黒つぐみは、何事もなかったかのように、その無頓着で幸福な、永遠の歌を歌い続けているのだった!

ああ、ついに現れた太陽は、私の紅潮した頬の上の、なんという涙を照らしていたことか!

それでも午後には、私は以前と変わらず微笑を浮かべているのだった。

(1877年、7月8日)




Дрозд

2012年6月 7日 (木)

老婆   ツルゲーネフ   (ロシアの抒情詩 16)

老婆(『散文詩』より)


私はひとりで荒野を歩いていた。

と、不意に、背後に用心深いかすかな足音を聞くような気がした・・・ 誰かが私のあとについてきていたのだ。

私は振り向いた。・・・ すると、灰色のぼろにすっぽりと身を包んだ、腰の曲がった小柄な老婆が目に入った。 ただ老婆の顔だけがぼろの下からのぞいていた。 それは鼻がとがって歯の抜けた、黄色いしわくちゃな顔であった。

私は彼女のところへ近づいて行った・・・ 彼女は立ち止った。

「あんた誰? 何か用? 乞食なの? 物乞いしているのかい?」

老婆は答えなかった。 私は彼女のほうへ身をかがめた。 するとその両眼が、ある種の鳥によく見られるような、半透明で白みがかった膜のようなもので覆われていることに気づいた。 それらの膜は老婆の両眼を、あまりに明るすぎる光から守っているのだった。

だが老婆のその膜は動きもしなければ、瞳を開きもしなかった・・・ で、私は彼女が盲目であると判断した。

「めぐんでほしいのかい?」 私は自分の問いを繰り返した。 「なんでまた、おれについてくるんだい?」 しかし老婆はさっきと同様答えずに、ただかすかに身をすくめただけであった。

私は彼女から顔をそむけて、みずからの道を歩き始めた。

すると、またもや背後に、あのかすかな、規則正しい、まるで忍び寄るかのような足音が聞こえてくる。

『またあの女だな!』 私はそう思った。 『なぜあいつはおれにつきまとうのだろう?』 だがすぐに心の中でこう考えた。 『たぶんあいつは目が見えないので道に迷ってしまったのだ。 それで今は、おれと一緒に人の住んでいる場所に出るために、おれの足音を頼って歩いているのだ。 そうだ、そうに違いない』

しかし私は次第に変な不安感に襲われてきた。 老婆は私のあとをついてきているだけではなくて、私に方向を与えているのだ。 そして私を右や左に進ませるのだが、私は知らず知らず彼女の思いのままになっている。 と、そんな気がし始めたのである。

それでもとにかく私は歩き続けた・・・ だが、まさにわが道の前方になにか黒いものが広がっていた・・・ なにか穴のようなものが・・・ 『死神だ!』 このことが突然、頭にひらめいた。 『あいつはおれを、死へ押しやろうとしているのだ!』

私は急に後ろへ引き返した・・・ 再び老婆が私の前にいる・・・ しかし今度は彼女は目が見えるのだ! 彼女はその大きな、毒々しい、陰気な目で私を見つめている・・・ 猛禽の目で・・・ 私はその顔に、その目に近づいてよく見る・・・ やっぱりあの不透明な膜、あの盲目のうつろな顔だ・・・

『ああ!』 私は思う・・・ 『このばあさんこそ、おれの運命なのだ。 人間が逃れることのできない、あの運命なのだ!』

『逃れられない! 逃れられないのだ! これはもうどうしようもないことではないか?・・・ だが努力してみなければ』 それで私は別の方向に歩き出す。

私は足早に歩いて行く・・・ が、相変わらず背後であのかすかな足音がする。 それもごく近くで・・・ すると再び前方に穴が暗くぼんやりと見えてくる。

またもや私は別の方向に向きを変える・・・ と、やっぱり後ろで同じかすかな足音がし、同じ無気味な黒いしみが前方にあるのだ。

そして私が、追われているノウサギのように、どちらの方向へ駆けずりまわっても・・・ すべて同じ、まったく同じことなのだ!

『待てよ!』 私は思う。 『ひとつ、あいつをだましてやろう! もうどこにも歩いて行かないぞ!』 で、私はすぐさま地面に腰をおろす。

老婆はすぐ後ろに立っている。 もはや彼女の足音は聞こえないが、彼女がそこにいることが感じられる。

と、不意に、あの黒いしみが私のほうにゆっくりとせまってくるのが見えるではないか!

ああ、なんということ! 私は後ろを振り返る・・・ 老婆がじっとわたしを見つめている。・・・そして歯の抜けた口元は薄笑いでゆがんでいる・・・

逃れられないのだ!

(1878年、2月)



Старуха

2012年5月27日 (日)

明日は! 明日こそは!   ツルゲーネフ   (ロシアの抒情詩 15)

明日は! 明日こそは! (『散文詩』より)


過ぎゆく日々のうち、そのほとんどが、なんとむなしく、もの憂く、つまらないことか! それらの日々から、なんとわずかなものしか得られないことか!

時が、なんと愚かしく無意味に流れ去って行ったことか!

にもかかわらず、なお人は生存したいと欲する。

人は生を重んじる。 そして命を、自分自身を、そして未来というものを当てにしている・・・ ああ! いかなる幸福を、人はその将来から期待するのか!

それにしても、いったいどうして人は、来るべき残りの日々は、たった今過ぎ去ったこの一日と似たものではなかろう、などと思い込んでいるのか?

実際には、人はそんなことを考えているわけではない。 人はじっくり思索することなど好まないものである。・・・それでも十分やっていけるのだから。

「ほんとうに明日は、明日こそは!」 ・・・この「明日」が自分を死の中に投げ込むまで、人はこう思って自分を慰めるのだ。

さて、ひとたび死んでしまえば・・・ もうどうしても思索するのをやめなければならない。

(1879年、5月)



Завтра! Завтра!

2012年5月22日 (火)

砂時計   ツルゲーネフ   (ロシアの抒情詩 14)

砂時計(『散文詩』より)


単調に、すみやかに、跡形もなく一日が消え去ってゆく。

ごくすみやかに人生は流れていった。・・・音もなくすみやかに、まるで瀑布の前の早瀬のように。

死神がそのやせて骨ばった手に握っている、あの砂時計の砂のごとく、人生はなめらかに、よどみなくこぼれ落ちてゆく。

私が寝台に横たわり、四方から闇が取り囲んで来る時、・・・私は流れ去る人生の、そのかすかで絶え間のない、さらさらという音を聞くような気がする。

私は人生に未練はないし、また、さらに創作することができたら、などとも思わない・・・ ただ無気味なのだ。

私にはこう感じられる。 あの動かない死神が私の寝台のすぐそばに立っている・・・ 一方の手には砂時計を握り、もう一方の手を私の心臓の上に振り上げて。

そして、私の心臓は、あたかもその最後の鼓動を打つのを急ぐかのように、身震いしたり、胸をたたいたりしているような気がするのである。

(1878年、12月)



Песочные часы

2012年5月10日 (木)

「わたし」の木立   ツルゲーネフ   (ロシアの抒情詩 13)

「わたし」の木立(『散文詩』より)


裕福な地主貴族である、かつての大学時代の友人から手紙を受け取った。 彼は自分の屋敷に私を招待してくれたのである。

私は知っていた、彼が長いこと病気で、盲目になり、中風にやられて歩くのもやっとになっているということを・・・ 私は彼のところへ出かけた。

彼の広大な庭園の中にある小道のひとつで彼に出会った。 夏だというのにオーバーにしっかりと身を包み、しなびたかっこうで背中を丸め、眼のことを考えて緑色の傘を持った彼は、小さな車椅子に座っていた。 そしてそれを豪華なお仕着せを着た二人の従僕が押しているのであった・・・

「あなたを歓迎します」 うつろな声で彼はそう言った。

「世襲した『わたし』の土地の上で、『わたし』の古い木立の陰で!」

彼の頭上には、樹齢千年のカシの巨木が天幕のように広がっていた。

私はこう思った。 「ああ、千年も生きてきた巨人よ、聞こえるかい? おまえさんの根元を這いまわっている瀕死の虫けらが、おまえさんのことを、『自分の』木、と呼んでいるのが!」

と、急にそよ風が波のように起こってきて、その巨人の一面の葉の上を軽くさらさらと音を立てながら通り過ぎて行った・・・ すると私には、カシの古木がそのやさしい静かな笑いでもって私の思いに、・・・そしてまた病める者の高慢に対しても応えたような気がするのだった。

(1882年、11月)



Мои деревья

2012年5月 3日 (木)

自然   ツルゲーネフ   (ロシアの抒情詩 12)

自然(『散文詩』より)


高い丸天井をもつ巨大でうつろな建物の中に入って行く夢を見た。 その建物全体には、同様に何かうつろでおだやかな光が満ちていた。

建物のまん中に、波打つ緑色の服を着た堂々たる女が座っていた。 頭に片手をそえて、彼女は深いもの思いにふけっているように見えた。

私はすぐに理解した、この女こそほかならぬ「自然」であり、一時的な空虚感によって敬虔なる畏怖が私の心の中に入り込んできたのだ、ということを。

私は座っているその女に近づいて行った。・・・ そしてうやうやしいお辞儀をしてから、

「ああ、私たち共通の母よ!」 と叫んだ。・・・ 「あなたは何についてお考えなのですか? あなたが考えていることは、人類の将来についてではないのですか? いかにして人類はその可能な限りの理想と幸福に到達すべきであるか、ということではないのですか?」

女はゆっくりとその黒い峻厳な目を私のほうに向けた。 その唇がかすかに動いた。・・・ すると鉄のがちゃがちゃいう音に似たよく通る声が響いてきた。

「ノミがその敵から、より好都合に身を守るために、どうすればその足の筋肉にもっと力をつけてやれるか、ということについて考えているのです。 攻撃と反撃のバランスが乱れてしまったのです・・・ それを取り戻さなければ」

「なんですって?」 私はそれに対して片言でそう言った。 「あなたはいったい何を考えているのです? 我々人間こそが、あなたのお気に入りの子供たちではないのですか?」

女はかすかに眉をひそめた。

「あらゆる生き物が私の子供たちなのです」 彼女は言った。・・・ 「だから私はそれらについて等しく世話をやき、・・・またそれらを等しく絶滅しているのです」

「しかし善は・・・ 理性は・・・ 正義は・・・ 」 またもや私は片言でそう言った。

「それは人間の言葉です」 鉄のような声が響いた。 「私には善も悪も理解できないのです・・・ 私にとっては理性など規範とはならないし・・・ それに正義っていったい何のことでしょう? 私はあなたに生命を与えました。・・・ それを私は奪い取って他の虫たちや人間たちに与えるでしょう・・・ 私にとってはどうでもよいことなのです・・・ ところであなた、しばらくはその身を守っていなさい・・・ そして私の邪魔をしてはいけません!」

私は異議を唱えてみたい気がした・・・ が、まわりの地面が低くうなり始めて、ぶるっと振動した。・・・ と、急に目が覚めたのである。

(1879年、8月)



Природа

2012年4月28日 (土)

夜明け   マイコフ   (ロシアの抒情詩 11)

夜明け



ほら、・・・青みを帯びた筋のような

東の空が現れた。

そよ風が暖気と香気を

草原から運んでくる。

やがて空の青さも薄れて、

地平線に、・・・草原で

放牧されている馬の姿が、

さながら彫像のように黒く現れて来る・・・




Рассвет   1863   А.Н.Майков