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2017年5月

2017年5月27日 (土)

手賀沼と女優N

手賀沼と女優N

 

 

その日は薄曇りだった

二十数年前の五月上旬

 

ささやかな野心を抱いてA駅に降り立つ

かの手賀沼を一周するという

 

カツ丼で腹ごしらえをした後

東西に長く伸びた沼に沿った遊歩道を歩き始める

 

海のような壮大さはない

湖のような優美さもない

 

だが向こう岸がよく見えるそのたたずまいに

どこか親しみが湧いてくる

 

黙然と釣り糸を垂れている太公望たち

彼方では一羽のサギが飄然と佇んでいる

 

いつしか夕闇が迫っていた

残りの距離はとても踏破できそうにない

 

いささか挫折感を抱きつつ

歩き疲れた沼を後にする

 

帰宅して新聞を広げると

女優Nの訃報が載っていた

 

今でもNの可憐な面差しが思い出される

あの風情溢れる手賀沼とともに

 

 

 

2017年5月27日

2017年5月21日 (日)

鍵と「野草」と炒飯

鍵と「野草」と炒飯

 

 

 ほんのささやかな出来事が いつまでも記憶の片隅にあって 時折妙に懐かしい思い出となって甦ることがあるものだ

ずっと以前のこと 東北地方のK市の某ビジネスホテルに一泊したことがあった  なぜK市に行ったのか 不思議と思い出せない  私用であったことは確かなのだが

 まだたいそう若く 孤独で 文学を愛していたあの当時のわたし  K駅から町の西部にあるホテルまで歩いていく  折から埃っぽい強風が吹きつけ 決して快適な行路ではなかった

 着いたのはチェックイン前  割と広めのロビーで ゆったりとした茶色いソファーに腰掛けて しばらく待たねばならなかった  バッグから一冊の薄い文庫本を取り出して読み始める  魯迅の「野草」  たまたま所持していたのだが この近代中国文学の父のものした散文詩は いたく読みごたえがあった

 部屋に入ってからどのようにして過ごしたかは とんと忘れてしまったが 深夜 おそらくはドリンク類を自販機で購入しようとして 廊下へ出たのだった  ありがちなことだが 鍵を部屋の中に置いたまま オートロックがかかってしまい 入ることができなくなってしまった  フロントへ行き 夜勤のおじさんに合いカギを所望  少しく苦笑いしながらも 快く部屋まで同行してくれた

 翌日 K駅近くの飲食店街で食事をしたためる  何にするか多少迷ったが やはり中華料理店で 大好きな炒飯をオーダー  味 量ともに満足のいくものだった

 こんなふうにしてK市での二日は過ぎていった

 取り立てて言うほどのドラマが起こらなかったにもかかわらず 時々思い起こすのはなぜだろう?

 このあいだ「野草」をもう一度読んでみた  やはり素晴らしい  改めて魯迅の文学的才能に脱帽した

 炒飯は今でも時々食している  この好物はこれからも付きまとうだろう

 この不思議な懐旧は 若さと 詩情と 美味がないまぜになった ほろ苦い青春のノスタルジーなのかもしれない

 

 

2017年5月21日

2017年5月20日 (土)

五月のブールヴァール

五月のブールヴァール

 

 

初夏五月の昼下がり

七月並みの暑さの中を歩いていく

 

長いこと日陰がない

体が涼気を欲している

 

ようやく馴染みの並木道に差しかかる

一直線に整然と並んでいる街路樹たち

 

こないだまで冬枯れしていたのに

いつのまにか新緑を呈している

 

季節の移り変わりの確かさ

時の流れの速やかさ

 

黒黒とした影が歩道を覆い

ところどころ黄色い木漏れ日がちらついている

 

このブールヴァールを歩むにつれ

体のほてりが遠のき 足取りも軽くなってきた

 

つややかな緑は目を楽しませ

暑気をやわらげる木陰は体を癒してくれる

 

美観と有用性を兼ね備えた並木道こそ

歩行者のオアシス

 

生い茂る緑の葉むらが

通り過ぎる人々に 大いなる恩恵を施している

 

 

 

2017年5月20日

2017年5月14日 (日)

峠への道

峠への道

 

ゆるやかな勾配の山道が

駅から峠まで続いていた

 

風趣あふれる山景をめでながらゆっくりとのぼっていく

湿り気を含んだ落葉を踏みしめて

 

傍をちろちろと小川が流れている

街なかでは到底見ることのできないその清冽な水

 

思わず手を浸してみれば

えも言われぬ冷涼な感触!

 

岩に張り付いて濡れそぼった赤黒い紅葉に

秋の気配をしみじみと感じる

 

道はおおむね薄暗かったが

ちらちらと木漏れ日が射しこむことも

 

右方は懸崖だったが

左方は鬱蒼とした樹林であった

 

丈高い木々の間に望まれる彼方の明るい風景が

そこはかとない開放感を醸し出す

 

直線距離にして二キロメートルほど

いつの間にか峠に到達

 

秩父山地の一角から見晴るかす飯能方面は

限りなく広やかですがすがしかった

 

そして今しがた通ってきた霊妙な山道のことを顧みるにつけ

幽邃なる深山を逍遥したかのような感慨を抱くのだった

 

2017年5月14日

2017年5月13日 (土)

神保町

神保町

 

ネット通販がなかった頃

書籍は書店で購入するしかなかった

 

よく出向いたのが神田神保町

かの有名な世界的古書店街

 

今思えば結構な足労だったが

それを補って余りある魅力がそこにはあった

 

新刊古書問わず多様なジャンルの日本語書籍に加えて

ロシア語や中国語の本を取り扱う店もあり

ひねもす物色していても飽きないほど

 

そのうえ食も充実していて

食べ歩きにも事欠かなかった

 

とりわけ印象に残っているのが

今は無き某カフェの麵の太いナポリタンと

某カレー店のゆでたジャガイモの付いたカレーライスの美味!

 

ニコライ堂 湯島聖堂 神田明神

数多くの大学 予備校 専門学校

軒を連ねる楽器店 スポーツ用品店 出版社…

 

古い歴史に育まれた

神田界隈のあの文化的な香りが好ましかった

 

電子書籍やネット通販の登場した当今

紙の媒体や書店の影が薄くなってきている

 

それでも神保町への思慕は変わらないだろう

本とカレーとレトロなカフェを愛するわたしなのだから

 

2017年5月13日

2017年5月 7日 (日)

白壁の館

白壁の館

 

 

その木造洋館は

緑の木立に囲まれて佇んでいた

 

窓枠とポーチの柱を薄緑に彩色された

白い瀟洒な旧宣教師館を訪れたのは

四年前の夏のこと

 

百年以上も前に建てられた

アメリカ人宣教師の居宅

 

ひっそりとした館内に入れば

今は亡きあるじのつつましやかな暮らしぶりが

木のぬくもりとともに伝わってくる

 

小ぶりな庭にしつらえられている白い木製のベンチは

もう久しくあるじを無くして物寂しそう

 

たまたま見学に来ていた一人の中年女性に

写真撮影を依頼される

 

ファインダーの中で

光あふれるポーチの前にすっくと立つ彼女が印象的だった

 

ここはなかなかいいところですね

 

二人とも満悦した様子で

これこそ何よりというもの

 

今もあの白壁の館は

新来の客人たちを

あのやさしくフレンドリーな相貌で

あたたかく迎え入れているに違いない

2017年5月7日

光の二面相

光の二面相

 

 

朝な夕な

陽光に浴している

 

さし上る太陽の光

沈みゆく太陽の光

 

晴天の日には

とりわけ順光と逆光がはっきりしている

 

あたりの風物をごくナチュラルに映してくれる

目にやさしい順光

 

時として苦痛を感じるほど強烈でまぶしい

目に厳しい逆光

 

順光はいつも自然で快い

電車に乗って窓外を見やれば

明るくクリアな景色が目路はるかに広がっている

 

だが逆光は一筋縄ではいかない

日差しの強い午後など

鉄橋を渡る電車の中で

まともに照りつけるまぶしい光を避けようと目を閉じていたにもかかわらず

鉄柵の黒い影がちらちらとまとわりついたものだった

 

順光にはワンクッションがあり

その物腰はいたって穏和である

 

だが逆光は森羅万象をはぐくむ太陽の原始的なエネルギーを感じさせてくれる

そこには太陽の強烈なアピールがある!

 

 

2017年5月7日

2017年5月 5日 (金)

魔法の旋律

魔法の旋律

 

 

はるか昔 東京のとあるレストランで

ランチをしたためたことがあった

 

シックな内装が施された薄暗い店内で

まろうどだったのは わたしひとり

 

ゆったりとした木製のテーブル席に着く

 

ソース 食塩 ペッパー…

お定まりの調味料が 黒みがかったテーブルの片隅で

料理に供されるのを待っている

 

肉料理だっただろうか

オーダーしたものは忘れたが

なかなか美味であった

 

が 何よりもこのレストランを印象付けたのは

この上なくムーディーでエキゾチックなBGM

 

シェヘラザード

 

聴く者を陶酔させる魔術めいた力を秘めた

その優艶なる旋律!

 

舌触りのよい料理や瀟洒なインテリアもさることながら

あのほの暗いレストランの本領は

それらに豊麗な彩りを添える

かの極上の音楽にあったのだ

 

 

2017年5月4日

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