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2012年6月12日 (火)

つぐみ   ツルゲーネフ   (ロシアの抒情詩 17)

つぐみ(『散文詩』より)

私は寝台に横たわっていた。・・・ が、眠れなかった。 心労にさいなまれていたのだ。 重苦しく、単調で退屈な思いが、あたかも雨がちの日に、湿った丘の頂きをのろのろと動いて行く空一面のどんよりとした雲のように、ゆっくりと私の脳裏をかすめていくのだった。

ああ! その時私は見込みのない哀れな恋をしていた。 そしてその恋は、人生の黄昏時においてのみ可能なものであった。 もはや無感動になった私の心は、すっかり若さを失っていたのだ! いや、しかし・・・ 無理に若々しくしていたとて何になろう。

白っぽい斑点のように、窓のおぼろな影が私の前に浮かんでいた。 部屋の中のあらゆるものが、ぼんやりと目に映った。 それらは夏の早朝の灰白色の薄明りの中では、ことさらひっそりとして静止しているように見えるのだった。 時計を見ると、三時十五分前であった。 壁の向こうにも同じような静けさが感じられた・・・ さらに私は露の気配を感じた、外に満ち満ちている露の気配を!

ところで、この露の庭の中、私の窓のちょうどすぐそばでは、もう黒つぐみが絶え間なく大声で自信ありげに鳴きさえずっていた。 その変化に富む声音は、静まり返った私の部屋に入り込み、そのすべてを満たしていった。 もちろんその声音は私の耳と、不眠やら憂いやらでわずらわされた私の頭も満たしたのである。

そのさえずりは永遠の息吹を感じさせた。 その声音はみずみずしさと、無頓着と、永遠の力をひしひしと感じさせるのであった。 私はその声音の中に、ほかならぬ自然の声を聞いていた。 それはいつ始まりいつ終わるとも知れない、美しい無意識の声であった。

彼は歌っていた。 彼は自信に満ちて歌っていたのだ、その黒つぐみは。 まもなく、いつものように不変の太陽が輝くであろうことを、彼は知っていたのである。 その歌の中には「彼独自のもの」は何もなかった。 彼は、現在と同じ太陽を千年前に歓迎した黒つぐみとまったく同じような黒つぐみであった。 そしてまた今から千年後も、黒つぐみは太陽を歓迎していることであろう。 もしかするとその時、私のしかばねは、黒つぐみのさえずりで震動させられた空気の流れの中で、その生き生きとしてよく響く体のまわりを、目に見えない細かい粒子となって取り巻いているかもしれない。

哀れでこっけいな、ひとり魂を奪われたようになっているこの私は、きみにこう言うのだ。 ありがとう、小鳥よ。 あの気の滅入るような時刻に、ぼくの窓のそばで全く思いがけず聞こえ始めたきみの力強くて自由な歌に感謝するよ、と。

その歌は私を慰めてはくれなかった。・・・ 実際、私は慰めを求めようともしなかったのだ・・・ だが私の目には涙があふれた。 そして生気がなくて動こうとしなかった私の重苦しい心が、一瞬ではあったが胸の中でかすかに揺らぎ、活気づいたのである。 ああ! たぶんあのひとだって、きみの嬉々とした歌声と同じようには若々しくもないし、またみずみずしくもないだろう、夜明け前の歌い手よ!

すでにあたり一面が、もうじき私を広漠たる海へと押し流す、あの冷たい波で満ちているこの時、いったい自分自身について嘆いたり、悩んだり、気づかったりする必要があるだろうか?

涙が流れていた・・・ 一方、私の愛する黒つぐみは、何事もなかったかのように、その無頓着で幸福な、永遠の歌を歌い続けているのだった!

ああ、ついに現れた太陽は、私の紅潮した頬の上の、なんという涙を照らしていたことか!

それでも午後には、私は以前と変わらず微笑を浮かべているのだった。

(1877年、7月8日)




Дрозд

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コメント

うまいですね~・面白い。 自分の表し方、「黄昏時においてのみ可能・・」 
凄いなこんな表現^^。 つぐみと自分 生と太陽など通して人間の 
内面のリアルさが 身近なものとして 引きこまれます。

 いつも あどりさんは、よいものを見せていただき ありがとうございます。

> kawasemi さん

こちらこそ、いつも見ていただき、ありがとうございます。

この散文詩からは、自然と人間との一体感のようなものが感じられます。
自然描写に秀でていたツルゲーネフらしい、また彼のデリケートな感覚が
うかがわれる佳品だと思います。

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