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2012年5月22日 (火)

砂時計   ツルゲーネフ   (ロシアの抒情詩 14)

砂時計(『散文詩』より)


単調に、すみやかに、跡形もなく一日が消え去ってゆく。

ごくすみやかに人生は流れていった。・・・音もなくすみやかに、まるで瀑布の前の早瀬のように。

死神がそのやせて骨ばった手に握っている、あの砂時計の砂のごとく、人生はなめらかに、よどみなくこぼれ落ちてゆく。

私が寝台に横たわり、四方から闇が取り囲んで来る時、・・・私は流れ去る人生の、そのかすかで絶え間のない、さらさらという音を聞くような気がする。

私は人生に未練はないし、また、さらに創作することができたら、などとも思わない・・・ ただ無気味なのだ。

私にはこう感じられる。 あの動かない死神が私の寝台のすぐそばに立っている・・・ 一方の手には砂時計を握り、もう一方の手を私の心臓の上に振り上げて。

そして、私の心臓は、あたかもその最後の鼓動を打つのを急ぐかのように、身震いしたり、胸をたたいたりしているような気がするのである。

(1878年、12月)



Песочные часы

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コメント

おおお~!

なんと魅惑的な 散文ですね。 時代を超えた説得性を感じます。

> kawasemi さん

ツルゲーネフは晩年、病にさいなまれていたこともあって、
この『砂時計』のように、ペシミスティックな作品を、
その『散文詩』の中でいくつか書いています。

「時代を超えた説得性」 まさに人間というか弱い動物すべてに
共通するおののきを、的確に表現してくれていると思います。

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