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2012年2月 3日 (金)

プルースト 読書の喜び [著]保苅瑞穂

もう一冊、プルーストに関する書を読んでみました。

著者の保苅氏は、プルースト研究で著名な仏文学者であり、また名文家としても知られていますが、この本は彼にとってことのほか思い入れのあるプルーストの諸作品、なかんずく『失われた時を求めて』について、自ら愛好する名場面を選び、それらを丹念に読み解いていくという、ほとんどエッセーといってもいいような風合いで書かれています。

私にとってありがたかったのは、先日ご紹介した鈴木氏の『プルーストを読む』という新書の中で取り上げられているさわりの個所と、この本のそれとがほとんど重なっていなかったという点でした。

鈴木氏が、素人の私から見てもいかにもさわりの部分であるとおぼしき部分を取り上げて、それらにわかりやすい説明を加えているのに対し、保苅氏は、必ずしもそのような性質を持たない、ほとんど枝葉とも思われるようなくだりにも言及しています。

しかしそれらのくだりは、著者である保苅氏が特に愛着を持っている部分であり、またそれらの絵解きが、この大長編小説を読んでいく上でなにかと役に立つであろうと思われるような箇所ばかりです。

鈴木氏の著書と保苅氏のそれとを、なにかと比較してしまうのですが、前者が手軽に読める好個のプルースト入門書だとすれば、後者は、読むのにやや根気を要する、奥の深い名エッセイといったところでしょうか。

前者には、作品の理解を助けるいくつかの図版や年譜が付いているのに対して、後者にはそのようなものは一切ありません。

それだけに後者のほうが、最初は少しとっつきにくく読みにくい印象を与えるのですが、読み進めていくうちに、著者のプルーストに対することのほか強い思い入れ、また文学のみならず、音楽、美術、哲学等に関するその蘊蓄の深さも手伝って、いつのまにかその広く深遠なプルーストの世界に引き込まれていきます。

必ずしも読んでいて気分が良くなるような箇所ばかりが取り上げられているわけではなく、特に主人公の祖母の臨終の場面など、相当リアルに描かれているくだりも出てきて、この小説の多面性をまざまざと感じさせられます。

鈴木氏の著書が、『失われた時を求めて』という壮大な作品の、見ごたえ抜群のハイライトの部分を手際良く紹介してくれているとすれば、保苅氏のそれは、しっかり舞台裏の様子までくまなく映し出してくれている、といった感じです。

しかしそれだけに、後者のほうが作品を文学的な専門性によってかなり深く掘り下げている感があり(フランス語の文法事項や、フーコー等の哲学的考察も時折登場してきます)、この長編の相貌を深く理解するのに格好の読み物になりうる要素を多分に含んでいます。

とくに終局の、ゲルマント大公夫妻の邸宅で催されるマチネの場で、登場人物たちがその老醜をさらす箇所と、主人公のそれについての感慨、そして物語を創造しようという決意等を描いたくだりとそれについての著者の卓越した解説は、鈴木氏の著書には見られないものであり、まさにこのエッセイを読む醍醐味が集約されているとも言えるでしょう。

著者である保苅氏は2008年からパリに移住していて、このエッセイも我が国からははるかかなたの、かの地で物されたものです。

著者の『失われた時を求めて』という不滅の傑作に対する並々ならぬ愛着とその深い理解と相まって、この書は、読者すべてに、あのパリの美しい樹木の葉むらの蔭からそっと降り注いでくる、ほの明るい木漏れ日のような、やさしく美しい感慨をもたらしてくれそうです。

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