2018年5月20日 (日)

オリオン座

オリオン座

 

 

ふと見上げた寒天で

ひときわ光彩を放っている三つの星

 

一直線に並んだ

オリオン座のシンボルが

ふたたびわたしの目を惹きつける

 

はるか昔

星座表どおりに並んでいるきらめきを見て

いいしれぬ感動を覚えたものだった

 

時は流れ

地上の諸々は変われども

そして

わたし自身も移ろえども

あの天上の輝きは

少しも衰えていない

 

ああ 不変不滅のオリオンよ

この世のつかの間の客人たる

このわたし

 

いま

あらためて嘆賞する

 

古代エジプトの時代から

変わらず冬空に君臨し

人々に崇拝され続けてきた

あなたの雄姿を

 

2018年5月20日

2018年5月 8日 (火)

海へ

海へ

 

 

はるか昔

海へと続くひとすじの道を

ひとり歩いたことがある

 

夏だった

ただ大海原見たさに

晴れ渡った青空の下

心地よい微風を肌に感じながら

ややほこりっぽい砂道を

ゆっくりと歩いていった

 

ひなびた茶屋に立ち寄り

薄暗く幽玄な店内でひと息つく

柔和な顔をした老婆の出してくれた

舌触りのよい茶を飲みながら

 

外には人の通う気配もなく

暖簾が少しくはためいているのみ

 

ややあって

店を後にし

再び歩き始める

 

海はもうそこまで迫っていた

 

夏だった

わたしは青空と微風に抱かれていた

そしてしごく若かった

 

 

2018年5月8日

2018年5月 4日 (金)

走るレール

走るレール

 

 

もしもあなたが

電車に乗って

窓外に

線路を認めたなら

そして電車が

一定のスピードを

保ち始めたなら

レールを

じっと見つめてみてください

 

二本の長い長い

平行なレールが

無数の枕木の上を

走りすべっているように

見えることでしょう

 

するとあなたは

ひととき

非日常の世界に

遊ぶことができるでしょう

 

あなたを

没我の境地へと

いざなってくれる

ささやかながら

不思議で新鮮な

あの非日常の世界に

 

 

2018年5月4日

2018年4月23日 (月)

薔薇の涙

薔薇の涙

 

 

出会いは偶然だった

 

雨あがりの昼下がり

通りすがりのわたしの前に現れた

薔薇のひと群れ

 

つつましやかな一輪に

不可思議な力で引き寄せられてみれば

 

薄桃色のかんばせに真珠の涙

薄日に映えるほのかなトーン

 

嘆いているとは思えなかった

さりとて嬉し泣きしているふうでもなく…

 

霊妙なる自然の申し子よ

あなたに虚飾はなかった

 

ああ なんという麗容!

いつまでも色褪せぬ永遠のイメージ

 

 

2018年4月23日

2018年3月29日 (木)

記憶の中の肖像

記憶の中の肖像

 

 

そのご婦人は

どういうわけか

自宅の庭を開放していた

近所の子供たちのために

 

いちどお邪魔したことがある

 

燦燦と降り注ぐ午後の陽光の中で

緑の芝生と白いベンチが

異様に輝いていた

 

先客の見知らぬ子供たちが

天然の絨毯の上で

たのしげに戯れていた

 

ただ不思議なことに

時々姿を現すそのご婦人は

しごく無表情であった

 

彼女のまなざしは

はるか遠くに注がれていて

わたしたちには

なにも関心を示していないかのようだった

 

 

2018年3月29日

2018年3月21日 (水)

ドビュッシーの歌曲

ドビュッシーの歌曲

 

 

あの

朦朧とした趣がいい

 

フランス語はとんとわからないが

それはどうでもいいこと

 

旋律と響きこそは楽曲のいのち

 

優美かつ典雅な歌を

透明なピアノが縁取るとき

わがこころより

おぼろなイマージュが立ちのぼり…

 

今宵また

まなこをとじて

あの恍惚に身をゆだねてみようかしら

 

うたとしらべの妙なる融合がかもしだす

あの不可思議な恍惚に

 

 

2018年3月21日

2018年3月10日 (土)

航跡

航跡

 

 

晴れ渡った青空の下(もと)

吾妻橋(あずまばし)の中ほどにたたずみ

きらきらと輝く隅田川を眺めていた

 

一艘の小ぶりな貨物船が向かってきた

見る見る近づいてくる

背後に鮮やかな航跡を描きながら

 

すかさずコンデジを構え

シャッターを切る

 

うまく撮れたが

もはや水面(みなも)に船の姿はない

ただ航跡だけがたゆたっている

 

やがてそれも消え失せ

川は燦然たる面(おも)を取り戻した

 

わたしも川を流れゆく小舟の描く航跡

この世という川を流れるわが生(せい)が描くささやかな航跡

 

ひととき川にあらがい

また川に身をゆだね

川面(かわも)にかすかな跡を残してすみやかに消え去る

 

 

2018年3月10日

2017年10月22日 (日)

エピソード

エピソード

 

 

枯葉舞い散る晩秋の公園

 

彫像の前に老人が佇んでいる

 

笛吹き少年の像

 

みずみずしい 細身の メルヘンチックな

笛を吹いている少年

 

眺める老人の胸に

おぼろな追憶がよみがえる

 

一人の夢見がちな園児が

群れを離れてこの像に見入っていた

 

晴れ渡った春の日

花壇には色とりどりの花が咲き

友達の騒ぎ声が聞こえていた

 

メルヘンの世界に託した憧憬

 

青年時代に この像のそばを通りかかったことがあった

だが ちらと見ただけ

 

憧れるもの 惹かれるものがどっさりあったから

 

今 老人はほろ苦い懐旧に浸っている

往時と変わらぬ初々しい像を前にして

 

過去はすべて夢幻(ゆめまぼろし)のようなもの

 

いつのまにか 少年と老人を夕闇が包み始めていた

2017年10月22日

2017年9月25日 (月)

ホームドア

ホームドア

 

 

最寄り駅にホームドアが設置されていた

 

まだ使われてはいないが

来月から稼働するという

 

車両に乗り込む時 なんとなく邪魔臭かった

あの仕切りに馴染むには少し時間がかかりそう

 

だがひとたび慣れてしまえば

メリットは大きいだろう

 

転落事故や駆け込み乗車の防止…

 

今日あの新しい仕切りを見て感じたのは

なによりも時代の流れだった

 

あらゆる駅にホームドアが設置された遠い将来

乗客たちは思うだろう

 

昔 この仕切りがなかった時

どんなに危険だったことか と

 

邪魔臭いなどと言ってはいけない

あれは安全確保にとって必要なものなのだ

 

ホーム内のエレベーターによるバリアフリー化

このたびのホームドア…

 

人にやさしい社会に向かって

文明は確実に進化している

 

 

2017年9月25日

2017年9月22日 (金)

木立

木立

 

 

行き付けのコンビニは

家(うち)から歩いて五分ほどのところ

 

いつものように白い袋を下げての帰り道

とある木立が目に入った

 

周りはことごとく住宅が建ち

そこだけが取り残されたかのよう

 

鬱蒼と茂る葉むら 曲がりくねった枝

雅趣あふれるそのたたずまい

 

見ごたえのある森がこんな近くにあったとは!

ささやかな充足感が込み上げてくる

 

が 次の瞬間 それは哀感に取って代わられた

早晩あの樹々も切り倒されてしまうのだろう

 

木立が伐採されて跡形もなくなり

さら地になった姿が亡霊のように浮かび上がる

 

そんなにもしっかりと地に根を張り

そんなにも涼しげな木陰を成しているあの森

 

押し寄せる宅地化の波に吞み込まれるのも

もはや時間の問題かもしれない

 

だがわたしは心の中でひそかに願っている

むなしい願いかもしれないが

 

おお 最後の武蔵野の面影 最後のオアシスよ

どうかいつまでもそこにあってほしい と

2017年9月22日

2017年9月19日 (火)

窓の向こうに

窓の向こうに

 

 

昼 広い窓の向こうに見えるのは

青い空と白い雲のみ

 

9階で臥床して見る窓外の光景に

都心の高層ビルは無縁だ

 

薄青色の空の中を

白い雲が音もなく軽やかに流れてゆく

 

ああ 本当に憧れているものは

あの青空にあるのではないか?

 

生の喜悦と神秘

そして永遠の憧憬を感得するこのひと時!

 

         *

 

夜 透明な窓の向こうに見えるのは

オレンジ色の東京タワーと白い月

 

文明と自然の演出する

魅惑のナイト・ビュー

 

今宵 都心の夜空に浮かぶお月様は

気持ち冷ややかで

無機質なタワーにお似合いだ

 

しばしこの新奇な取り合わせを賞玩してから

そっとカーテンを引き

白いベッドへ横たわる

 

 

2017年9月19日

2017年7月23日 (日)

青空の下で

青空の下で

 

 

よく晴れた日の正午前(まえ)

原付に乗って北千住方面に南下していた

 

青い空 白い雲

心地よく吹きつける風

 

他には何も感じずに

それらだけを道連れにひた走る爽快感!

 

生きている喜びを実感できたあの貴重なひと時は

記憶の宝石箱にそっと仕舞っておこう

 

 

2017年7月23日

2017年7月16日 (日)

夏の夕べ

夏の夕べ

 

 

店内にクーラーは効いていなかった

昔ながらの扇風機が送ってよこす生暖かい風

 

王子駅近くの小さな中華料理店で早めの夕餉をしたためる

ここの炒飯の味や如何に

 

向かいのテーブル席でこちらに背を向けて

黙々とラーメンを啜っている若い作業服姿の男性

仕事の合間なのか 終わった後なのか

 

カウンター席越しで熱気と油にまみれて立ち働いている

男性スタッフたちの中には

お店のあたりでよく見かける

自転車で出前をしているあのオッチャンもいる

 

ラジオが流れていた

DJとCMが交互に聞こえてくるあの独特の趣

 

今となってはもうはるか昔の追想

暑い晴天の夏の日の夕まぐれ

 

 

2017年7月16日

2017年6月17日 (土)

青い窓

青い窓

 

 

三階作業室の窓辺には人影もなく

青く染まったガラス窓越しに彼方の市街がほの見える

 

上方にはビルメンテナンスの養生の青い覆い

期間限定で光の色を黄から青へと変えている

 

荘厳な教会のステンドグラス

エキゾチックなイスラム陶器の文様

 

外と内とを隔てるこの神秘のコバルトブルーが

わたしの心をそっと夢幻の世界へ誘ってくれる

 

 

2017年6月17日

2017年6月10日 (土)

月と叢雲

月と叢雲

 

 

黄金色したまん丸い月が

真っ暗闇の虚空をほんのりと照らしている

 

あたりに漂う叢雲が

絵画的な風合いを醸し出す

 

月をかすめて叢雲が流れ去る

灯明をよぎる香煙のごとく

 

この静謐で神々しいつかの間の雲隠れが

初夏の夜空にいとも幽遠な趣を添えている

 

 

2017年6月10日

2017年6月 7日 (水)

名主の滝公園

名主の滝公園

 

 

王子駅からてくてく歩くこと10分

趣ある薬医門をくぐって園内に入る

 

濁り切った広い池には水草が生い茂り

大ぶりな鯉が悠揚と泳いでいる

 

落差8メートルの男滝は庭園のシンボル

その轟音と水しぶきが醸し出す爽やかな涼気!

 

林間の起伏に富む小径からは渓谷が望まれ

さながら深山幽谷を逍遥しているかのよう

 

 

2017年6月7日

2017年6月 4日 (日)

招き猫

招き猫

 

 

丈の高さ9センチ

白い小さな縁起物

 

赤い首輪に金の鈴

右前あしで招きのポーズ

 

そういえば 近年とりあえず

大厄には見舞われていないような

 

豪徳寺で求めたふっくらとした猫は

今日も棚の上でおすまし顔

 

 

2017年6月4日

2017年6月 2日 (金)

 

 

うっすらとした灰白色の花びらが

音もなく羽ばたいている

 

ひともとの小さな茎のまわりを

軽やかに舞う二対の花びら

 

ふと翅を重ね合わせ

貝殻のように静止しているが

 

やがてまた次なる甘露を求めて

何処とも知らず飛び去ってゆく

 

 

2017年6月2日

2017年5月27日 (土)

手賀沼と女優N

手賀沼と女優N

 

 

その日は薄曇りだった

二十数年前の五月上旬

 

ささやかな野心を抱いてA駅に降り立つ

かの手賀沼を一周するという

 

カツ丼で腹ごしらえをした後

東西に長く伸びた沼に沿った遊歩道を歩き始める

 

海のような壮大さはない

湖のような優美さもない

 

だが向こう岸がよく見えるそのたたずまいに

どこか親しみが湧いてくる

 

黙然と釣り糸を垂れている太公望たち

彼方では一羽のサギが飄然と佇んでいる

 

いつしか夕闇が迫っていた

残りの距離はとても踏破できそうにない

 

いささか挫折感を抱きつつ

歩き疲れた沼を後にする

 

帰宅して新聞を広げると

女優Nの訃報が載っていた

 

今でもNの可憐な面差しが思い出される

あの風情溢れる手賀沼とともに

 

 

 

2017年5月27日

2017年5月21日 (日)

鍵と「野草」と炒飯

鍵と「野草」と炒飯

 

 

 ほんのささやかな出来事が いつまでも記憶の片隅にあって 時折妙に懐かしい思い出となって甦ることがあるものだ

ずっと以前のこと 東北地方のK市の某ビジネスホテルに一泊したことがあった  なぜK市に行ったのか 不思議と思い出せない  私用であったことは確かなのだが

 まだたいそう若く 孤独で 文学を愛していたあの当時のわたし  K駅から町の西部にあるホテルまで歩いていく  折から埃っぽい強風が吹きつけ 決して快適な行路ではなかった

 着いたのはチェックイン前  割と広めのロビーで ゆったりとした茶色いソファーに腰掛けて しばらく待たねばならなかった  バッグから一冊の薄い文庫本を取り出して読み始める  魯迅の「野草」  たまたま所持していたのだが この近代中国文学の父のものした散文詩は いたく読みごたえがあった

 部屋に入ってからどのようにして過ごしたかは とんと忘れてしまったが 深夜 おそらくはドリンク類を自販機で購入しようとして 廊下へ出たのだった  ありがちなことだが 鍵を部屋の中に置いたまま オートロックがかかってしまい 入ることができなくなってしまった  フロントへ行き 夜勤のおじさんに合いカギを所望  少しく苦笑いしながらも 快く部屋まで同行してくれた

 翌日 K駅近くの飲食店街で食事をしたためる  何にするか多少迷ったが やはり中華料理店で 大好きな炒飯をオーダー  味 量ともに満足のいくものだった

 こんなふうにしてK市での二日は過ぎていった

 取り立てて言うほどのドラマが起こらなかったにもかかわらず 時々思い起こすのはなぜだろう?

 このあいだ「野草」をもう一度読んでみた  やはり素晴らしい  改めて魯迅の文学的才能に脱帽した

 炒飯は今でも時々食している  この好物はこれからも付きまとうだろう

 この不思議な懐旧は 若さと 詩情と 美味がないまぜになった ほろ苦い青春のノスタルジーなのかもしれない

 

 

2017年5月21日

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